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和服から洋服へ その歴史 昭和戦中編

投稿日: 2021年9月15日

9月も半ばとなりました。コロナ渦ですので、時々は自宅で虫の声に思いを馳せたいところです。
ウエディングマナーコンサルタント岡澤ひとみでございます。

 

さて、前回、前々回と和服から洋服への変化の歴史をお伝えしてきています。

本日は、かっぽう着ともんぺについてから、始めていきましょう。

 

日中戦争がきっかけで、贅沢は敵というスローガンのもと、華やかな洋服は姿を消します。
国防婦人会の正式な会服である 「かっぽう着」で多くの女性が兵士の送迎や留守家族の支援などに従事し、かっぽう着姿は、一種の社会現象になりました。

 

空襲が始まると、活動性に優れ、製作も簡単ということで、女性は皆、モンペ姿で過ごしたそうです。

「もんぺ」とは、もともと東北の農山村の地方着だったということも、今回勉強して、私は初めて知りました。

胴回りと足首で絞ったズボンのことで、たしかにミシンが無くても、手縫いで作れそうです。

戦争という悲しい時代、おしゃれも出来ず、もんぺとかっぽう着で頑張っていた女性たちのことを考えると、今の私達が平和な世の中で食べ物にも困らず暮らせていること、それに好きなファッションが自由にできることが、どれだけ幸せかを、感じずにはいられません。

 

戦後まだ、たった76年ですが、こんな事実も少しずつ戦争経験者が少なくなり、意識が薄れてしまうことは、平和の大切さを軽んじていることだと、今回、洋服への変遷の勉強をして、改めて感じました。

これからも、平和を大切にしていくことは、私達が忘れてはいけないことですね。

 

さて、次回は戦後の洋服についてお伝えしていきます。

洋裁ブームや、ミシンの普及、クリスチャンディオールのニュールック、ピエール・カルダンのサックドレスや、若者たちのミッチールック、アイビールック、ニュートラ、ハマトラなど、洋服文化がしっかり根付いた昭和時代を勉強していきます。

参考文書 国立公文書館 アジア歴史資料センター(アジ歴グロッサリー)より

 

岡澤 ひとみ

 

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和服から洋服へ その歴史 大正編

投稿日: 2021年9月3日

気がつけば、9月に入りました。1年が本当に早く感じてしまうのは、年齢のせいでしょうか?
ウエディングマナーコンサルタント岡澤ひとみでございます。

 

さて、前回のブログでは、「明治時代の和服から洋服への変化の歴史」に触れました。

今日はその続きの大正時代から始めたいと思います。

 

大正時代の着物は「大正ロマン」と言われる大胆な模樣や、大正緑や新勝色(紫味の青色)など、新たなファッションスタイルが登場します。
幾何学的なアールデコ模樣の着物が流行ったのですね。
今見ても、斬新で素敵なものが多いのです。

銀座にはモガ(モダンガール)、盛り場にはフラッパーが登場しました。

 

大正12年9月1日に起きた関東大震災で洋服の機能性が見直されるきっかけになり、簡易服の流行にも繋がったそうです。

また、女性の社会進出も洋服の普及を後押ししました。
バスガール(車掌)、電話交換手、カフェの女給の制服などが人気だったそうです。

ただ、大正14年の段階では、銀座を歩く男性の67%が洋服だった一方で、女性は1%だったのですから、まだまだ戦前、洋服女性は少数派だったのですね。

 

昭和に入り、女性の洋服が広まって行く中で、次第に洗練されたスタイルが流行したそうです。
昭和5年以降、スリム&ロングドレスや、スカート、ファー付きコートなど。
ですが、日中戦争で「贅沢は敵だ!」というスローガンが出され、華やかなファッションは次第に規制されていきます。

そして、戦時体制を特徴づける女性のファッションが登場します。

それが、かっぽう着、もんぺというスタイルです。

 

次回は、このかっぽう着ともんぺのところから始めたいと思います。

参考文書 国立公文書館 アジア歴史資料センター(アジ歴グロッサリー)より

 

岡澤 ひとみ

 

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和服から洋服へ その歴史 明治編

投稿日: 2021年8月28日

残暑が厳しい毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか?
ウエディングマナーコンサルタントの岡澤ひとみでございます。

 

今日から数回に分け、日本の服装の文化について、私なりに勉強し、お伝えしていければと考えております。お付き合いくださいね。

 

今では、洋服を着ることが当たり前の日常となり、和服を着ることは、非日常という方が多いのではないでしょうか?

私自身、お茶のお稽古や結婚式、夏の浴衣など以外で、日常で和服を着ることはほとんどありません。

ですが日本では、わずか数十年前までは、和服が一般的だったのです。

 

日本で最初に洋服を着た女性は上流階級の貴婦人でした。

明治10年以降、不平等条約の改正を実現するために、日本が、欧米並の文明国であることを示す必要がありました。

社交施設の鹿鳴館を建設し、各国の外交官を招待して、連日舞踏を開き、招待側の日本の高官も西洋のマナーに習い、婦人を同伴して参加しました。

洋服を着こなすのはもちろんのこと、マナーやエチケットをわきまえ、ダンスを踊ることも文明国の一員であることを示す大切なプレゼンでした。
高官の婦人は国家的な使命が課せられていたのですね。
このことが、日本で洋服を着るようになった1つのきっかけです。

 

ですが、明治20年には、欧米化政策の熱も冷め、男女ともに江戸時代のような和服が復活しました。

そんな中、女学生のファッションに注目が集まりました。
西洋婦人の髪型を真似て、前髪をポンパドールにし、矢絣の着物、海老茶袴という姿です。
のちに世界的なオペラ歌手になった「三浦環さん」が女学生時代に、その姿で自転車を乗りこなす姿を、「ハイカラさん」の代名詞になりました。
(ハイカラとは西洋風でしゃれた人のこと)

昭和初期にセーラー服が普及するまで、女学生の定番スタイルはこれだったのです。

 

明治時代は、まだまだ裕福な一部の人達が、洋服を着始めた時代であり、まだまだ日常に洋服が普及する出来事ではありまあせんでした。

ある調べによりますと、大正14年時点でも、銀座通りを歩く女性の洋服は、わずか1%だったそうです。

 

次回は大正時代の和装から洋装の変化をお伝えしたいと思います。

参考文書 国立公文書館 アジア歴史資料センター(アジ歴グロッサリー)より

 

岡澤ひとみ

 

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女性の昼間の正礼装ローブモンタント その明治の歴史を探る

投稿日: 2021年8月15日

8月ももう半ば、今年はまた梅雨が逆戻りのような日が続きますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

ウエディングマナーコンサルタントの岡澤ひとみでございます。

 

今日はローブモンタントについて、少し勉強したいと思います。

ローブモンタントは、フランス語で Robe Montanteと書きます。
モンタントとは「上がる」「登る」「高まる」を意味していて、高い立ち襟のドレスを表しています。
夜の正礼装「ローブデコルテ」は肩や背中も露出しているのが特徴ですが、昼間は肌の露出を控えます。

 

女性の和装の礼服は明治11年に宮内省内達により定められ、次に明治19年には礼式相当の西洋服装が認められました。

その際に、通常礼服として規定された服装が「ローブモンタント」です。

 

明治天皇の后、昭憲皇太后が当時、昼食会や面会などの際に着用されていた「通常礼服(ローブモンタント)」が、全国の神社仏閣や服飾関係の学校法人などに10着以上保存されていたことが、2021年3月に東京新聞の調べでわかりました。

保存状態は概ね良好で、当時の多彩なローブモンタントの一端が浮き彫りになりました。
手作業で1つ1つ心をこめられ作られたことがわかる貴重な資料です。

明治神宮に2点、杉野学園衣装博物館に1点、文化学園服飾博物館1点、善光寺大本願に3点、長福寺1点、大本山誕生寺に1点など、所蔵されているそうです。
十二単から洋装に劇的に服制が変わった時代の貴重な資料であり、生地は国産なのか、フランス製なのかなど細かいことも調査されています。

 

ご興味がある方は、カラーでドレスの写真も紹介されていますので、「よみがえる明治のドレス、皇后の仕事着ローブモンタント11着 全国の寺社や大学に保存」の記事を検索してみてください。

 

岡澤ひとみ

 

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結婚式、なぜご両親はモーニングと黒留袖という組み合わせ?

投稿日: 2021年8月5日

コロナ渦でのオリンピック。いろんなご意見があるかと思いますが、大会を運営されている関係者の方々や、ボランティアの方々に感謝しながら、テレビの前で観戦し胸を熱くしております。
ウエディングマナーコンサルタントの岡澤ひとみでございます。

       

さて、「結婚式で父上は洋装(モーニング)なのに、母上が黒留袖?」というご質問をいただきました。

これはカップルの結婚式のセレモニーが、神前式からキリスト式に移行してきたことに大きな原因があると言われています。

       

もともと、紋付き袴姿だったお父様の衣装が、チャペルでお嬢様とバージンロードを歩くとき、不釣り合いだということになり、モーニングを着用される方々が増えたからという説が一般的です。

本来はご夫妻で着物だったのが、チャペル式が増え、父上の洋装が定番になったんですね。

昔は確かに、新婦のお父様だけがモーニングで、新郎家のお父様は紋付き袴というスタイルもあったように記憶しています。

それよりもっと昔の写真などを見ますと、ご両家ともに、お父様は紋付き袴を着用されている写真がほとんどです。(ちなみにモノクロの素敵な写真がインターネットでも見られます)

         

私が大阪のリーガロイヤルホテルでプランナーを始めた1997年当時は、まだ神前結婚式も多く、父上が和装をされているお姿も多く拝見しました。

2000年頃からは、めったに父上の和装を見なくなりました。

最近は、お母様もチャペルに映える正礼装ドレスを着用されることが増えてきましたので、ご両親ともに洋装のスタイルも珍しくなくなる日が近いのかもしれません。

     
岡澤 ひとみ

    

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女性の正装とは?Vol.2 準礼装って?

投稿日: 2021年7月25日

梅雨明けした途端に真夏日や猛暑日が続き、なんだか体調もスッキリしませんが、私はハッカのアロマで蒸し暑さを撃退しています。
ブライダルマナーコンサルタントの岡澤 ひとみでございます。

 

さて、前回は正礼装について書きました。
今回は準礼装(セミフォーマル)について。

 

準礼装とは、正礼装に準ずる装いのことです。入学式や卒業式、結婚式に招待された場合などに主流となるスタイルです。
よく、「格式張った服装ではないが、改まった服装」と表現されます。
最近では、正礼装より準礼装のほうが、出番が多くなりました。

 

和装の準礼装は、訪問着や色無地。

洋装の準礼装は、昼間はセミアフタヌーンドレス。夜はディナードレスやカクテルドレスを指します。

 

素材はシルクや上質なウールが多く、昼間は光らない素材を用います。
夜はシルク、サテン素材など、光る素材を使用することが多くなります。

TPOという言葉がある通り、時間、場所、目的に合わせて、ふさわしい装いができることは、大人の女性として、とても大切なことだと感じます。

 

式典や結婚式で、似合うドレスを見つけると同時に、マナーまで配慮できるマダムを目指したいですね。

 

岡澤 ひとみ

 

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女性の正礼装とは?

投稿日: 2021年7月13日

蒸し暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?

ブライダルマナーコンサルタントの岡澤ひとみでございます。

      

さて、「正礼装、準礼装」という言葉を何かで聞かれたことは、ありますか?

正式な格を有した服装を正礼装と呼び、もう少しカジュアルな服装を準礼装と呼びます。

 

これは日本の民族衣装である着物にも、歴然とキマリがありますよね。

いずれも5つ紋の色留袖、黒留袖が既婚女性の正礼装となり、

振袖が未婚女性の正礼装です。 

訪問着や色無地は準礼装となります。

     

洋装の場合もしっかりとルールが決まっており、時間によっても変化します。

昼間の正礼装がローブモンタント。

夜間の正礼装がイブニングドレス。

 

ローブモンタントは、襟元が詰まっているか、立ち襟で露出が少ないことが特徴です。素材は光沢感のないシルクがベストです。

イブニングドレスはデコルテを見せ、ジュエリーで華やかに見せます。

素材はシルクがメインですが、光沢のあるサテンなども好まれます。

 

昼と夜では、素材の光沢感などの違い、露出の違いがあることを覚えておくと便利ですね。

ただし、日本では夜でも、母上様の肌の露出は控えめになさる方が無難だと感じます。

     

フォーマルの考えでいくと、結婚式でホスト役(ゲストをお迎えする主催者のこと)である母上が着用されるドレスは、ローブモンタントかイブニングドレスが相応しいということになります。

日常的なワンピースやスーツでは、正装で参列されているゲストの方々に対して、失礼になってしまうのです。

 

もちろん披露宴会場の場所や格式を加味して、選ぶ必要はありますが、お留袖に代わる正装ドレスとなると、上記が正式でしょう。

上品に共布のボレロなどを着用され、肘を見せないというのが一般的です。

チャペル式でドレス姿のお嬢様の横に、正式なドレス姿のお母様という光景は、格式も主催者としても、ゲストの皆さまに安心感を与えますよね。

     

それでは、次回は準礼装について、お話をさせていただこうと思います。

 

岡澤 ひとみ

 

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結婚式の招待状からそのウエディングの主催者がわかります

投稿日: 2021年7月5日

毎日暑い日が続いております。
いかがお過ごしでしょうか?
ウエディングマナーコンサルタントの岡澤ひとみです。

 

さて、コロナ渦での結婚式。

 

緊急事態宣言や蔓延防止法などの取り決めで、お酒を出せない披露宴など、今までに誰もが経験したことのない結婚式のスタイルが始まっています。

 

例えば、緊急事態宣言が発令されている地域では、以下のようなガイドラインが設けられています。こちらは【公益社団法人日本ブライダル文化振興協会BIA】のHPから引用させていただいたもので、協会から事業所(式場)あてに送られている文章です。
(BIAのホームページ公益社団法人日本ブライダル文化振興協会 (bia.or.jp))

 

政府から発出されている緊急事態宣言では、結婚式は、酒類、カラオケ設備の提供停止、営業時間の短縮(~20時)が要請されております。
また、「1.5時間以内の開催」・「50人又は収容定員の50%のいずれか小さいほう」への協力の働きかけを要請されております。結婚式をホテルの宴会場等で行う場合も同様です。
本措置については、都道府県の判断で変更になることはありませんので、要請の遵守及び働きかけについても、お客様に協力していただくようご依頼ください。また、本要請については、結婚式場営業継続の条件として政府から求められたものですので、必ず遵守いただきますようお願いいたします。

 

このような取り決めの中でカップルさんたちは披露宴開催を迷い、悩んでおられます。
そこで、家族だけの結婚式や親族だけの結婚式を行う決断をするカップルもいらっしゃいます。

 

そんな場合は、結婚式の招待状は作成しないカップルも多いのですが、もし、招待状を作成される際の豆知識として…

ご両親が主催者になる場合は、差出人がご両家の父上(または母上か親戚)の名前で、招待状を作成します。
差出人の名が、新郎新婦様、二人のお名前の場合は、新郎新婦様が主催者であることを表します。


結婚式の招待状を作成する場合は、そこがとても重要なポイントになりますので、知っておくと便利だと思います。

 

どちらにしましても、ご両親様はホスト側ではありますので、それにふさわしい服装が必要です。

 

正礼装や、準礼装について、これから数回に分け、ブログを綴っていきたいと思います。

 

岡澤ひとみ

 

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6月の誕生石パールのこと

投稿日: 2021年6月21日

ジメッとした蒸し暑い日が続きますが、皆さま いかがお過ごしでしょうか?

マナーコンサルタント岡澤 ひとみでございます。

 

さて、今日は6月の誕生石であるパールについて、少しお話をしたいと思います。

私は、パールが大好きです。その理由は、これほどオールマイティな宝石はないからです。

 

冠婚葬祭をはじめ、フォーマルな装いからデニムなどのカジュアルな装いまで、定番的に身につけられ、年齢や流行にも左右されません。

 

最近では「メンズパール」というファッションに敏感な男性までもが、パールに夢中なのです!!

デザイナーのマーク・ジェイコブスがシャツにセーター、デニムというスタイルにパールネックレスを合わせたのがきっかけで、男性にもたちまちパールをアクセサリーに用いる人が現れたのです!!

 

こうなっては、女性の私達も負けてはいられません!?

どんどん、日常にもパールのアクセサリーを用いておしゃれを楽しみたいところです。

 

パールは「月の涙」「涙のしずく」を象徴するアクセサリーですので、本来はアクセサリーをつけない弔事の場でも、着用が許されている宝石です。

また、石言葉には「健康」「長寿」「富」などがあり、ウエディングのシーンでも、欠かせない世界共通のアクセサリーです。

 

40センチくらいのパールのネックレスを1本持っていれば、どんなシーンにも役立ってくれるでしょう。

 

お使いになる時は、スプレーや強い力がかからないようにするために、お着替えや髪の毛のセットなどが終わったあとに、着用されることをお勧めします。

 

また、汗に弱いので、使い終わったあとは必ず専用のクロスで優しく拭いて、お手入れをすると安心ですね。

2年に1回は、糸の交換をしておくと、糸切れの心配も軽減されます。

 

こんなことを書いておいて、私のパールの75センチのネックレスは、先日糸切れしてしまい、そのままになっていました。

早速修理に出すとします!!

 

岡澤ひとみ

 

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ルールとマナー監修の岡澤先生から

投稿日: 2021年6月13日

皆さま、はじめまして。

岡澤ひとみと申します。

 

このたび、ママズドレス様のマナー監修を担当させていただくこととなりました。

ブログを通して、皆さまと楽しくマナーについてのコミュニケーションができればと考えております。

どうぞ、宜しくお願いいたします。

 

さて、本日は初回ですので、私の自己紹介を書かせていいただこうと思います。

 

私はもともと、ウエディングプランナーとして大阪のリーガロイヤルホテルで婚礼のお仕事をスタートさせました。

その後、ザ・リッツ・カールトン大阪でもウエディングプランナーとして勤め、10年間で約700組以上の結婚式を担当させていただきました。

 

その後、大阪の大手専門学校でブライダル講師としてウエディングプランナーの育成を通し、マナー指導を行って参りました。

同時に独立し「株式会社WEDDGE」の代表を務めております。

 

2010年、2011年にはマスターオブブライダルコーディネーターというブライダルプランナーのコンテストで、ファイナリストに選出され、

 

ご縁をいただき、金沢の結婚式場で総支配人や、企業様のマナーコンサルタントのお仕事もさせて頂きました。

今は京都にございますブライダルの専門学校でマナーとブライダルの指導を行っております。

2019年には、つた書房様から「今さら聞けない社会人としての常識とマナーQ&A」という社会人1年目の方々に向けたマナー本も出版させていただきました。

 

振り返ってみますと、婚礼の仕事を通し、マナーに携わって20年以上が経ちました。

 

ママズドレス様とのご縁をいただき、チャペル式でお母様が安心して、正装のドレスをお召いただけることのお手伝いができることを、とても嬉しく思っております。

 

正式なフォーマルの洋装で、ご自身らしくお子様のウエディングに参列し、主催者としても気後れしない装いのルールをブログでも発信させていただければと考えております。

 

どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

ブログの感想やご質問も、お気軽にご連絡くださいませ。

 

岡澤 ひとみ

 

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